私が大学院生のとき、日本語で論文や解説を書く中で、強く気になった点が二つありました。一つは、日本語の読点「、」の正しい使い方がよく分からなかったことです。もし「、」の打ち方に明確なルールがあるのなら、正しく使いたいと思いました。
もう一つは、大学の先生方が、日本語の文章でありながら「、」「。」の代わりに「,」「.」を用い、さらに英語で見かける記号「:」などを使っていたことです。文章の構造そのものも、どこか英語に近い印象を受けました。
私は出版を意識して論文や解説を書くようになった最初のころに、句読記号や括弧などの記号の使い方を調べ、それ以来、きちんと記号を使い分けるように意識しています。私が大学院生のときに書いた日本語の解説記事には、以下のようなものがあります。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/butsuri1946/55/4/55_4_247/_article/-char/ja/
しかし現在、私が目にする学生の論文には、本来は英語で用いられてきた句読記号(punctuation marks)が、感覚的に、しかも本来の用法とは異なる形で使われている例が少なくありません。正確な論文を書くためには、それでは不十分です。
そこで今回は、句読点の使い方の違いと、英語で体系的に運用されている句読記号の役割について整理して説明します。日本語と英語の違いを明確にしつつ、英語論文を書く際に特に意識すべき点、そして英語に訳しやすい日本語論文を書くために留意すべきポイントを示します。

1. 日本語の「、」は自由に打てるが、英語のコンマ「,」には明確なルールがある
日本語の読点「、」は、思っているよりも自由です。つまり、単語や語句を不自然に分断しない限り、私たちは「、」を好きな場所に打つことができます。もちろん、文部科学省の指針や国語辞典には一定の説明があります。しかし、それは英語のように「構文規則として厳密に定められている」というものではありません。日本語の読点は、文法というよりも、読みやすさや呼吸、そして文章のリズムによって決まります。
たとえば、
本研究では新しい手法を提案する。
本研究では、新しい手法を提案する。
本研究では新しい手法を、提案する。
本研究では、新しい手法を、提案する。
など、どこに点を打っても意味は通じます。やや不自然に感じるものや、点が多すぎる印象のものもありますが、それがあなたの意図したものであれば、間違いとまでは言えません。読点は、意味を区別するためというよりも、読みやすさを整えるための補助装置なのです。
つまり、日本語の「、」はある程度、フィーリングで機能している、と言ってよいでしょう。
それに対し、英語のコンマ「,」はまったく違います。こちらは感覚で打つものではなく、明確な文法規則に従います。日本語では読点「、」があってもなくても、文の基本的な意味はほとんど変わりません。しかし英語のコンマ「,」は、場合によってはその有無によって文の意味そのものを変えてしまう記号なのです。
列挙におけるコンマ
たとえば、英語のコンマの代表例としてよく挙げられるのが、次のような文です。
A, B, and C
He came, and she left.
等位接続詞 and の前にコンマを置く。この用法は、英語では基本的な規則の一つとされています。ただし、ここで一つ注意があります。
A, B, and C
のように、最後の and の前に置くコンマは、いわゆる Oxford comma(シリアルコンマ) と呼ばれるものです。アメリカ英語ではこれを用いるのが一般的で、多くの学術誌やスタイルガイドでも推奨されています。一方、イギリス英語では、原則としてこのコンマを省くことが多く、
A, B and C
と書かれます。理系論文では、アメリカ英語とイギリス英語のどちらのスタイルを採用するかを意識する必要があります。
ここで強調したいことは、日本語の読点のように、「なんとなくこの辺で区切ろう」という判断とは性質が異なるということです。
英語のコンマは、
意味構造を明示するために、規則に従って配置される記号
なのです。
列挙の表現は日本語にもあります。たとえば、
A、BおよびC
のように書きます。日本語の場合、読点「、」の配置には英語ほど厳密な規則はなく、
A、B、および、C
A、B、およびC
といった書き方も可能です。自由とは言っても、論文全体で、統一した書き方にしてください。
挿入句のコンマ
英語では、文の途中に補足的な情報を差し込むことがあります。これを、挿入句(parenthetical expression)と呼びます。挿入句は、文の主構造から独立した追加情報であり、コンマで前後を挟むのが原則です。
たとえば、
This method, however, is not robust.
ここで however は、文全体に対する論理的な転換(逆接)を示す副詞です。しかし、この語は文の主構造(主語 This method と述語 is not robust)には直接関与していません。したがって、主構造から切り離すためにコンマで前後を囲みます。
非制限用法の関係詞節とコンマ
英語で特に重要なのが、関係詞節(relative clause)とコンマの関係です。
たとえば、次の文を見てください。
The data, which were collected in 2020, show…
ここで which were collected in 2020 は、The data を説明する関係詞節です。しかし、この節は非制限用法(non-restrictive clause)であり、コンマで前後を区切る必要があります。非制限用法とは、
なくても文の意味が成立する補足情報
を加える用法です。この文では、
The data show…
だけでも意味は通じます。「2020年に収集された」という情報は、追加説明にすぎません。したがってコンマは、この補足部分を主構造から切り離す役割を果たしています。
非制限用法と制限用法の違いを理解しておくことも重要です。もしコンマを外して、
The data which were collected in 2020 show…
と書いた場合、意味が変わります。これは制限用法(restrictive clause)になり、
「2020年に収集されたデータだけが示している」
という意味になります。これは単なる表記の差ではなく、科学的主張の範囲が変わるのです。
文頭の副詞節とコンマ
英語では、文の冒頭に副詞節(adverbial clause)を置く場合、その節の終わりにコンマを置くのが原則です。たとえば、
When H > 1/2, the process becomes persistent.
とします。副詞節は主節に対して「いつ」「どの条件で」「なぜ」といった情報を与える役割を持ちますが、それ自体が文の骨格ではありません。そのため、主節との境界を明示するためにコンマを置きます。
副詞節が文の後ろに来る場合は、通常コンマを置きません。
The process becomes persistent when H > 1/2.
この場合、主節が先に提示され、その後に条件が続くため、構造上の区切りを強調する必要がないからです。
つまり、
- 文頭の副詞節であれば、コンマが必要
- 文末の副詞節であれば、通常コンマは不要
という非対称性があります。
とはいえ、文末の副詞節でもコンマが置かれることがあります。それは、文末の副詞節が、文の核心条件ではなく、付け足しの補足情報である場合です。たとえば、理由や補足的事情を示す場合です。
The experiment was terminated, because the equipment failed.
通常、because 節はコンマを置きませんが、文全体への補足的説明として扱う場合にコンマが挿入されることがあります。
2. 理系日本語原稿に広がる「,」「.」
理系分野では、日本語原稿であっても、読点に「,」、句点に「.」を使う人が多くいます。私も数式を多用する論文を書くときはそうします。これは英語の影響によるものですが、とりわけ論文中に数式を含む場合、「、」や「。」では視覚的に収まりが悪い(見たことない)と感じられることが理由の一つです。
英語論文では、数式も文の一部として扱われます。
The solution is given by
where.
式も単語のような扱いなので、その直後に「,」や「.」が来ます。これを日本語に無理やり書くと、
その解は、
の場合に、
によって与えられます。、
のようになります。ここでは「、」がなくても構いませんが、数式に「、」が付いている文は中高の数学の教科書では見かけません。そのため、日本語論文でも「,」「.」を使う人が多いのだと思います。
3. 英語の「:」「;」「—」の使い方
ついでに、コロン「:」、セミコロン「;」、ダッシュ「—」の使い方も確認しておきます。
コロン「:」
英語では、
- 定義の導入
- 説明の強調
- 列挙の開始
に使われます。たとえば、
We define the Hurst exponent as follows:
セミコロン「;」
セミコロンは、英語の句読記号の中でも、最も誤解されやすいものの一つです。基本的な役割は、
- 意味のつながりが強い独立節同士を結ぶ
ことです。セミコロンは、それぞれが単独で文として成立する節をつなぎます。たとえば、
The signal was noisy; the scaling exponent remained stable.
とします。この文は、次のように書いても文法的には正しいです。
The signal was noisy. The scaling exponent remained stable.
しかしセミコロンを使うことで、
- 単なる並列ではなく
- 強い対比や因果的関連を示す
という効果が生まれます。ピリオドよりも結びつきが強く、コンマよりも独立性が高い意識があります。
特に理系論文で重要なのが、次の形です。
The model is simple; however, it captures the essential behavior.
ここで however は接続副詞です。コンマだけでは接続できません。セミコロンは、
- 二つの独立節を論理的に結びつける橋
の役割を果たします。
ダッシュ(–, —)
英語には
- ハイフン (-)
- en dash (–)
- em dash (—)
の区別があります。とくに em dash は、
強い挿入 予想外の展開 補足説明
に使われます。
4. まとめ
日本語の読点「、」と英語のコンマ「,」は対応するもののように感じますが、実際は役割がまったく異なります。日本語の「、」は、主に読みやすさやリズムを整えるための補助装置です。ある程度はフィーリングで機能します。一方、英語のコンマやセミコロン、コロン、ダッシュといった句読記号は、文の論理構造を明示するための規則的な記号です。そこに「なんとなく」はありません。
AIが英文を整えてくれる時代であっても、どこにコンマが必要なのか、なぜセミコロンなのかを判断できるのは、書き手自身です。句読記号の理解は、語学の問題ではなく、思考の構造を支える基礎そのものです。
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