ケィオスの時系列解析メモランダム

時系列解析、生体情報解析などをやわらかく語ります

AI時代でも知っておくべき「論文執筆の基本」(3):文の頭と尻尾に必然を与える information structure

これまで「論文執筆の基本」として、signposting(道しるべ)によって読者に「今どこにいて、これからどこへ向かうのか」を明示すること、また parallelism(並列性)によって文や節の形をそろえ、読み手が無意識のうちに理解を進められる文章構造をつくることの重要性を解説してきました。これらはいずれも、読み手の認知負荷を下げるための技術です。そして、この二つをさらに一段深いレベルで支えているのが、今回説明する information structure(情報構造)です。

 「情報」と聞くと、コンピュータによる処理やデータ操作を連想するかもしれません。しかし、ここでいう情報構造とは、そうした意味での情報処理ではありません。文の頭と尻尾をどのように配置するか、あるいは、前の文の尻尾と次の文の頭をどのようにつなぐかという、文章の流れそのものに関わる概念です。自分がこれから書く文を能動態にするか受動態にするか、あるいは前置や倒置によって語順を変更するかは、自分のセンスによるものではなく、情報構造を意識すれば必然的に決まるのです。これは、日本語・英語を問わず、論文を書く際に常に意識すべきポイントです。

0. 情報構造とは何か:「既知 → 新情報」という基本原則

 情報構造とは、文や段落の中で、どの情報を先に提示し、どの情報を後に配置するかという、情報の並び方そのものに関する設計思想です。どの語を使うか、どの表現が美しいかといった問題以前に、情報をどの順序で読み手に渡すかを決める枠組みだと言えます。

 同じ内容であっても、

  • 何がすでに読み手に共有されている情報なのか
  • どこからが新しく提示される情報なのか
  • その中で、どこが最も重要なポイントなのか

が整理されているかどうかによって、読み手の理解のしやすさは大きく変わります。情報構造が整っていれば、読み手はほとんど意識することなく内容を理解できますが、構造が乱れていると、文章を何度も読み返すことになり、強い負担を感じます。

 論文は、書き手が思いついた順に考えを書き並べる文章ではありません。読み手の頭の中に、正しい理解の構造を一段ずつ組み立てていくための文章です。そのためには、何を先に示し、何を後に示すのかという、情報の提示順を意識的に制御する必要があります。科学技術論文における情報構造の最も基本的な原則の一つが、既知の情報から始め、新しい情報へ進むという流れです。

1. 文の尻尾と頭をつなぐ

 具体例を使って、情報構造の大切さを説明してみます。次の二つの文章は、扱っている内容自体はほぼ同じです。しかし、読みやすさには明確な差があることに気づくと思います。

悪い例

私はボルダリングを週末に趣味として楽しんでいます。 登山において険しい岩肌を手足を使ってよじ登る動作を競技として洗練させたスポーツ、それがボルダリングです。 近年、オリンピックに追加された新種目において、日本人選手が活躍していますが、ボルダリングはその中でも代表的な種目です。

この文章は、日本語としては成立しており、内容も誤ってはいません。しかし、読み進めると、どこか引っかかりを覚えます。その理由は、文と文の間で情報がうまく受け渡されていないためです。二文目では倒置構文を用いてボルダリングを定義していますが、ボルダリングはすでに一文目で導入されており、ここで強調する必然性がありません。また、三文目では逆接の「が」が使われていますが、実際には逆接の関係になっておらず、読み手の予測を裏切ります。その結果、各文がそれぞれ独立して立ち上がり、話題の流れが分断された印象になります。

良い例

私は週末に趣味としてボルダリングを楽しんでいます。 ボルダリングは、登山において険しい岩肌を手足を使ってよじ登る動作を競技として洗練させたスポーツです。 スポーツとしてのボルダリングは近年オリンピックに追加された新種目の一つであり、日本人選手が国際大会で活躍する競技としても注目されています。

こちらの文章では、前の文で提示された情報が、次の文の頭で明示的に受け取られています。「ボルダリング」→「ボルダリングは……スポーツ」→「スポーツとして」という形で話題が連続しており、読み手は常に同じ対象について読んでいるという感覚を保ったまま、新しい情報を受け取ることができます。

 ここで例として示した二つの文章の違いは、語彙の難しさや文法の正しさにあるのではありません。違いを生んでいるのは、前の文の尻尾で示された情報を、次の文の頭で受け取っているかどうかです。悪い例では、各文がそれぞれ新しく立ち上がり、読み手は文ごとに話題を組み直す必要があります。一方、良い例では、文と文のつながりが設計されており、読み手は立ち止まることなく理解を積み上げていくことができます。

 このように、文章の読みやすさは表現のセンスだけによって決まるのではありません。情報をどの順序で提示し、どのように文と文をつなぐかという情報構造の設計によって、大きく左右されるのです。論文執筆においては、この点を意識することが、明瞭で説得力のある文章を書くための第一歩になります。

2. 段落構成と段落の配置においても情報構造を意識する

 情報構造への意識は、文と文のつながりだけでなく、段落の構成段落同士の配置を考える際にも重要です。論文における段落は、単なる文の集まりではなく、読み手に一つの意味のまとまりを提示するための単位であり、段落ごとに果たす役割が明確である必要があります。段落構成において重要なのは、各段落が「何について述べる段落なのか」を冒頭で示し、続く文がその話題を受け取りながら情報を段階的に積み上げていくことです。ここでも基本となるのは、「既知 → 新情報」という情報構造の原則です。段落の内部でこの流れが保たれていれば、読み手は無理なく段落全体の内容を理解できます。

 一方、段落の配置においては、段落と段落の間の情報のつながりが重要になります。隣り合う段落は、互いに無関係に並んでいるのではなく、前の段落で提示された内容を土台として、次の段落がどの情報を引き継ぎ、どこから新しい話題へ進むのかが分かるように配置されるべきです。段落の順序が適切でないと、個々の段落がよく書けていても、論文全体の流れは途切れてしまいます。

 段落構成と段落の配置を見直す際には、次の点を意識してください。

  • 各段落は、一つの明確な話題や役割を担っているか
  • 段落冒頭は、前の段落の内容を受け取る形になっているか
  • 段落の順序は、「既知 → 新情報」「一般 → 具体」「背景 → 本研究」という自然な流れになっているか

このように段落を構成し、配置することで、論文は「段落の集合」ではなく、「理解が順に積み上がる構造」として機能します。情報構造を意識した段落構成と段落配置は、論文全体の説得力を支える重要な基盤となります。

3. まとめ:流れるように読める論文に仕上げる

 ここまで、signposting、parallelism、そして information structure という三つの視点から、読み手の理解を支える文章設計について解説してきました。これらに共通しているのは、読み手が迷わずに内容を追えるよう、理解の流れをあらかじめ設計するという考え方です。論文が「流れるように読める」かどうかは、個々の表現の巧みさではなく、文・段落・段落配置において情報構造が一貫しているかによって決まります。前に示した情報を次でどう受け取り、どこで新しい情報を加えるのか。この積み重ねが、論文全体の明瞭さと説得力を形づくります。

 文章を書き終えたあとには、「正しいか」だけでなく、「読み手の理解は自然に積み上がっているか」という視点で見直してみてください。情報構造を意識することは、読みやすい論文に仕上げるための、最も確実な近道です。

※ もし記事の中で「ここ違うよ」という点や気になるところがあれば、気軽に指摘していただけると助かります。質問や「このテーマも取り上げてほしい」といったリクエストも大歓迎です。必ず対応するとは約束できませんが、できるだけ今後の記事で扱いたいと思います。それと、下のはてなブログランキングはあまり信用できる指標ではなさそうですが (私のブログを読んでいる人は、実際とても少ないです)、押してもらえるとシンプルに励みになります。気が向いたときにポチッとしていただけたら嬉しいです。