ケィオスの時系列解析メモランダム

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方向特異的なフラクタル変動の検出と分解:Oriented Fractal Scaling Component Analysis

2次元平面内を、時間とともにふらふらと動く点の軌跡、すなわち 2次元軌道

\displaystyle{
\mathbf{r}(t)=(x(t),y(t))
}

を考えます。たとえば、静止立位時の足圧中心(center of pressure: CoP)のゆらぎ(下図)、視覚固視中に生じる眼球の微小な揺らぎ、あるいは画面上でのポインタやカーソルの動きなどは、いずれもこのような2次元軌道として表現することができます。これらの現象において重要なのは、単に軌跡を描画して可視化することではありません。その軌跡がどのような確率構造をもち、どのような時間スケールの相関を含み、どのようなダイナミクスに従って変動しているのかを定量的に解析することが本質的な目的となります。

Figure: 静止立位中に計測された足圧中心(Center of Pressure:CoP)のゆらぎの例

 もしこの点が、特定の向きを好むことなく、四方八方へランダムに方向を変えながら動いているとすれば、その軌道は 等方的(isotropic) であると言います。等方的な2次元軌道では、座標系をどの向きに回転させても、統計的性質は変わりません。見ている向きを変えても、「ゆらぎ方の性格」は同じ、ということです。

 そのような等方的2次元軌道の代表例として、  x(t) y(t)

  • 互いに独立で
  • 同じ Hurst 指数 H をもち
  • 同一の自己共分散構造をもつ

非整数ブラウン運動(fractional Brownian motion; fBm)

である場合が挙げられます。

 一見すると、この軌道は「x 方向」と「y 方向」という、特定の2方向の成分から構成されているように見えます。しかし重要なのは、同じ Hurst 指数をもつ独立な非整数ブラウン運動(ガウス過程)を足し合わせても、その和は再び同じ Hurst 指数をもつ非整数ブラウン運動(ガウス過程)になるという性質です。このとき変わるのはゆらぎの大きさ(分散あるいは2乗偏差)だけで、相関構造の形そのものは変わりません。

 したがって、 x(t) y(t) の分散も同じであれば、その2次元軌道は、もはや「x 方向」「y 方向」といった元の成分の向きを統計的に区別できない、完全に等方的な軌道になります。言い換えると、観測された軌道 \mathbf{r}(t) から、元の x(t)y(t)一意に復元することは原理的に不可能です。

Figure:  x(t) y(t) から成る2次元非整数ブラウン運動の軌道。 x(t) y(t) は互いに独立な  H= 0.7 の非整数ブラウン運動のサンプルパス。この例の場合、直交座標の軸を回転させても統計的性質は変わらない。

 そのような等方的2次元軌道の解析では、これまで主に

  • 前後(AP)方向と左右(ML)方向
  • x 軸と y

といった 直交する2方向への射影成分を個別に解析し、それらが似た統計的性質を示すかどうかによって「等方的かどうか」を判断してきました。

 あるいは、特別な方向性は仮定せず、

  • 直交座標ごとに解析する
  • PCA(主成分分析)を用いて、データの散らばりを表す「楕円の長軸・短軸(互いに直交)」を見る

といった方法も広く用いられてきました。

 しかし、私たちはここで、この 暗黙の前提に疑問を持ちました。

2次元軌道のフラクタルな揺らぎは、本当にいつも等方的なのだろうか? あるいは、直交する方向に分解できるとは限らないのではないか?

という問いです。

 現実の複雑系では、2次元軌跡が 幾何学的に異方的(anisotropic) であることは十分に考えられます。ここで重要なのは、異方性が単に「点群が楕円っぽく広がっている」という幾何学的形状の問題ではなく、

  • 方向によって、フラクタルなスケーリング(相関の強さ)が異なる
  • しかも、その「本来の方向」が 必ずしも互いに直交していない

可能性がある、という点です。

 直交射影(AP/ML や x/y)や PCA は、どちらも本質的に 直交基底による分解です。 ところが、もし観測された2次元揺らぎが

  • 異なるスケーリング指数をもつ成分が
  • 非直交な方向に沿って
  • 線形に混ざり合って生じている

のであれば、直交分解だけでは「本当に意味のある成分方向」を見逃してしまう可能性があります。

 この仮説、すなわち「フラクタル変動の向きは、必ずしも直交成分の単なる混合ではないのではないか?」という問いを検証するために提案された解析手法が、 OFSCA(Oriented Fractal Scaling Component Analysis)です。

 OFSCA は、2次元軌道をさまざまな角度に射影し、それぞれの方向におけるフラクタル・スケーリング特性を直接評価することで、直交性に縛られない“向き付きフラクタル成分”の存在を検出・分離しようとする試みです。

Figure: 我々が提案する Anisotropic mixed two-dimensional fractional Brownian motion(fBm) の軌跡。本図では、まずハースト指数 H _ 1 = 0.3 および H _ 2 = 0.7 をもつ2つの fBm 成分を、それぞれ 0^{\circ}90^{\circ} の方向に沿って合成した直交混合(orthogonal mixture)の状態を示しています。次に、同じ2成分を 45^{\circ} および 85^{\circ} の方向に沿って混合した非直交混合(non-orthogonal mixture)へと移行した場合の軌跡を示しています。このように、混合方向を変化させることで、軌道の幾何学的構造や異方性の現れ方がどのように変化するかを視覚的に確認することができます。

1. OFSCAの登場:角度ごとのスケーリングを測り、「極値方向」から元の向きを逆算する

モデル:非直交な2成分非整数ブラウン運動の混合モデル(Anisotropic mixed two-dimensional fractional Brownian motion)

 ここでは、OFSCAが威力を発揮しる2次元軌道の基本モデルとして、次のようなものを考えます。

  • 2つの独立な成分 u(t), v(t) がある(どちらも非整数ブラウン運動、ただし Hurst 指数が異なる)
  • それぞれが、平面上で 角度 \theta _ 1\theta _ 2 の方向に沿って現れる
  • それらが線形に混ざって観測される

(我々のオリジナル論文では「混合非整数ガウスノイズモデル」を使いましたが、ここでは「混合非整数ブラウン運動モデル」に変更しています)

Figure: 2つの独立な成分 u(t), v(t) を、角度 \theta _ 1\theta _ 2** の方向に線形混合した2次元軌道(左)。u(t)(中)、v(t)(右)のHurst指数はそれぞれ、 H _ 1 = 0.3 H _ 2 = 0.7、角度はそれぞれ、 \theta _ 1 = 30^{\circ} \theta _ 2 = 80^{\circ}

このときの問題は明確です:

観測された2次元軌跡 \mathbf{r}(t) だけから、 隠れた2つの“向き” \theta_1\theta_2 と、各成分のスケーリング指数を推定し、独立成分時系列そのものも復元したい。

ここで ICA(独立成分分析)やSOBI(Second-Order Blind Identificatio)を使えそうに見えますが、成分がガウス過程だと ICA は本質的に分離不能(ガウス独立成分の線形混合は回転の自由度が残る=PCA相当)、成分が非整数ブラウン運動のような非定常成分ではSOBIでも分離不可能になります。

OFSCAの解析手順

 ここから、OFSCAの解析手順を説明していきます。

(1) 角度ごとの射影系列を作る(directional projection)

 OFSCAではまず、観測軌跡 (x(t), y(t)) を、x 軸に対して角度 \theta をなす軸へ射影して、1次元時系列を作ります:

\displaystyle{
z_\theta(t) = x(t)\, \cos\theta + y(t)\, \sin\theta
}

\theta0 から \pi(方向としては \pi 周期)まで細かく変え、方向ごとの性質を調べます。

Figure: \theta _ 1 = 30^{\circ} 方向の変動するHurst指数  H _ 1 = 0.4) の非整数ブラウン運動のサンプルパスと、\theta _ 2 = 80^{\circ} 方向の変動するHurst指数  H _ 2 = 0.7) の非整数ブラウン運動のサンプルパスを合成した2次元軌道を中央に示した。移動する枠は、その軌道を特定方向(移動する長方形の短辺方向)に射影した時系列。長方形長辺が横向きのときが \theta = 90^{\circ} の射影であり、長方形長辺が縦向きのときが \theta = 0^{\circ} の射影。

(2) 各方向で「フラクタルスケーリング指数」を推定する:directional DMA(DDMA)

次に、各 \displaystyle{
z _ \theta(t)
} に対してスケーリング解析を行い、指数を推定します。ここで使うのが、DDMA(Directional DMA)であり、ここでは、Savitzky–Golayトレンド除去フィルタを使った高次DMA(SG-DMA)を使います(DMAの詳細は別記事を参考にしてください)。

解析対象の時系列が、非整数ガウスノイズ(非整数ブラウン運動の増分過程)を想定する場合は通常どおり積分して非整数ブラウン運動型の系列にしてから扱います:

\displaystyle{
Y_\theta(t)=\sum_{i=1}^{t} z_\theta(i)
}

 解析対象が最初から非整数ブラウン運動型時系列なら、この積分は省略します。

 そして、SG-DMAを適用して、方向 (\theta) のゆらぎ関数を

\displaystyle{
F_\theta(s)=\sqrt{\frac{1}{N}\sum_{t=1}^{N}\left(Y_\theta(t)-\tilde{Y}_\theta(t;s,m)\right)^2}
}

を計算し、

\displaystyle{
F_\theta(s)\propto s^{\alpha(\theta)}
}

となるスケール領域で、スケーリング指数  \alpha(\theta) を推定します。

(3)「極値の角度」を探すと、元の成分方向がわかる:OFSCAの推定原理

 OFSCAの重要なアイデアは、角度依存スケーリング指数  \alpha(\theta) \theta 全域で調べたときに現れる

  • 最小となる角度  \theta_{\min}
  • 最大となる角度  \theta_{\max}

が、混合の図形的特性から 元の成分方向に直交するという特性を使うことです。

Figure: 中央の2次元軌道(灰色)に含まれる独立成分方向を赤と青実線で描いた。射影時系列がこれらの独立成分方向と直交するとき、その成分の影響が消える。射影された時系列(長方形内)は、2次元軌道の射影が灰色実線、赤で示した独立成分方向の射影を赤実線、青で示した独立成分方向の射影を青実線で描いた。長方形内の赤、あるいは、青の変動が消える特性から、独立成分方向を検出できる。

 つまり、

  • ある射影角が、片方の成分方向に直交してしまうと、その成分の寄与が消え、もう片方だけが見える  \to そのとき観測されるスケーリングは「片方の成分の指数」に近い
  • 逆に別の角度ではもう一方が消える  \to もう一方の指数が見える

その結果、 \alpha(\theta) の角度依存には「最も小さく見える方向」「最も大きく見える方向」が生じ、それらが成分方向と直交関係で結びつく、ということです。

したがって、

\displaystyle{
\begin{aligned}
\hat{\theta}_1 = \theta_{\max} + \frac{\pi}{2}\\
\hat{\theta}_2 = \theta_{\min} + \frac{\pi}{2}
\end{aligned}
}

の関係から、元の成分方向を推定可能です。

Figure:  \alpha(\theta) の角度依存性(左)。赤点が \theta _ {\max}、青点が \theta _ {\min}。これらの角度から  90^{\circ} だけ引いた角度が、独立成分角度の推定値。(中)真の独立成分 u(t) と再構成された成分の比較。(右)真の独立成分 v(t) と再構成された成分の比較。

(4) 推定した向きで「成分を再構成」する:復元の手順

 方向が推定できたら、あとは線形代数として分解できます。

観測 \displaystyle{
(x(t),y(t))
} は、2つの方向 \displaystyle{
\hat{\theta} _ 1
}\displaystyle{
\hat{\theta} _ 2
} に沿う成分の和として表せるので、各時刻で

  • 2次元ベクトルを、非直交な2方向基底で展開する

問題になります。

 つまり、2つの独立な成分 u(t), v(t) を、

\displaystyle{
\left[\begin{array}{l}
\hat{u}(t) \\
\hat{v}(t)
\end{array}\right]=\left[\begin{array}{ll}
\sin \hat{\theta}_2 / \sin \left(\hat{\theta}_2-\hat{\theta}_1\right) & \cos \hat{\theta}_2 / \sin \left(\hat{\theta}_1-\hat{\theta}_2\right) \\
\sin \hat{\theta}_1 / \sin \left(\hat{\theta}_1-\hat{\theta}_2\right) & \cos \hat{\theta}_1 / \sin \left(\hat{\theta}_2-\hat{\theta}_1\right)
\end{array}\right]\left[\begin{array}{l}
x(t) \\
y(t)
\end{array}\right]
}

の関係から、再構成できるのです(上図が実例)。そして、再構成された成分のHurst指数も推定できます。

 ここまでが OFSCA:Oriented Fractal Scaling Component Analysis の枠組みです。

より詳しい解説は下のリンクの英語版解説をご覧ください。

chaos-r.hatenadiary.jp

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