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【科学の言葉を知る4】「ドラゴンキング」と「ブラック・スワン」—— 極端現象の二大メタファー

みなさんは、ディディエ・ソネット(Didier Sornette)の「ドラゴンキング理論」を知っていますか? この理論を知らない方は以下の動画を視聴してみてください。私は、20年ほど前、東京で開催された経済物理学の国際会議で、ソネットに一度お会いしたことがあります。ポスドクであった私の発表にも耳を傾けていただき、質問をしていただきました。

www.ted.com

 ソネットは、金融市場の暴落や巨大地震、技術インフラの大規模障害など、「めったに起きないが、起きたときには世界を揺るがすような極端現象」をどう理解し、場合によっては どの程度まで予兆を捉えられるか を研究してきた研究者です。その一つの到着点として、「ドラゴンキング理論」を提唱しています。
 彼のドラゴンキング理論のポイントは以下です。

多くのデータは「べき乗則」のような統計則に従うが、 その“尻尾 (裾)”に現れるごく少数の巨大イベントの中には、 同じ分布に従う現象としては説明できない「王様級の外れ値」 が存在する。
それこそが “ドラゴンキング(Dragon-King)” であり、 特別な力学(相転移、自己組織化臨界、強いフィードバック)によって生じるため、 しばしば事前に兆候が現れうる。

 つまりソネットは、「極端に大きな壊滅的なイベントの中には、その兆候を事前に知ることが可能なものがある」と主張しているわけです。
 ここで、しばしば対比として持ち出されるのが、ナシーム・ニコラス・タレブ(N. N. Taleb)が提唱した ブラック・スワン(Black Swan)」 です。タレブのブラック・スワンは、事前にはほとんど予測不可能で、しかし起きてしまうと社会や歴史を大きく変えてしまうイベントの比喩です。そして、そのイベントの事後には「あれにはこんな理由があった」と、もっともらしい物語で後付け説明されてしまうというのが社会の常だということです。
 タレブはむしろ、

ブラック・スワン原理的に予測できない。だから予測する“ふり”をするより、 それが起きても壊れない、むしろ強くなるシステムを作るべきだ」

という方向に話を持っていきます。
 これに対してソネットは、

「極端現象のすべてが、タレブの言うブラック・スワン(=予測不能)とは限らない。 中には、数理的な仕組みが違う“ドラゴンキング”がいて、 それは統計的・物理的な兆候によって ある程度は予知可能かもしれない

と、同じような極端現象に対して、別の視点を与えているのです。
 ここで問題になるのが、この二つの比喩に使われている言葉そのものです。「ブラック・スワン」と「ドラゴンキング」。日本語の感覚では、「黒い白鳥?珍しい鳥のこと?」、「ドラゴンキング?なんだか中国の龍王?」 と考えてしまうかもしれません。
 しかし、実際には 西洋的想像力を背景にした比喩 であり、この文化的・宗教的な背景を押さえておくと、 ソネットが何を強調したくてこの言葉を選んだのか、その科学的思想の方向性や面白さがぐっと見えやすくなります。
 もちろん、ドラゴンキング理論そのものが「どこまで妥当か」「どこまで予測可能と言えるのか」については、 統計学地震学・金融工学など様々な分野で議論が続いています。しかし、理論の正しさとは別の次元で、言葉の背景=メタファーの来歴を知ることは、科学者たちが世界をどう理解しようとしているのかを知る手がかりになります。
 今回は、ブラック・スワンとドラゴンキングがどのように生まれ、どのように異なる意味を担っているのかを掘り下げてみたいと思います。

ブラック・スワンとドラゴンキングは何を意味するのか?

1. 「ブラック・スワン」——“世界観がひっくり返る瞬間”の象徴

古代ローマの「存在しないもの」の比喩

 ブラック・スワンという比喩は、古代ローマの風刺詩人ユウェナリス(Juvenal)に由来すると言われます。

「黒い白鳥のように存在しないもの」
rara avis in terris nigroque simillima cygno
(地上には珍しい鳥、黒い白鳥のようにありえないもの)

つまり、白鳥は 白いものしか存在しない と信じられていた時代には、黒い白鳥は「絶対に存在しないもの」「ありえないもの」の象徴だったわけです。この発想の背景には、「観察されたことがないものは存在しない」という、西洋の自然観における 暗黙の前提 がありました。

大航海時代の衝撃:黒い白鳥は本当にいた

 転機となったのは17世紀です。オランダ人探検家ウィレム・デ・フラミング(Willem de Vlamingh)が1697年にオーストラリア西岸を探検し、黒い羽毛を持つ白鳥——ブラックスワン を発見しました。白鳥=白という西洋の常識は、大航海時代の地理的発見によってあっさりと覆されてしまったのです。
 この出来事は西洋思想に強い衝撃を与えました。それは、

「知らないものは“存在しない”と信じていたが、人間の観測範囲外に“世界”ははるかに広く存在する」

という気づきをもたらしたからです。

■ タレブのブラック・スワン理論の核心:「未知からの激震」と「事後の物語化」

 タレブが著書『The Black Swan』(2007)で示した概念は、古代の比喩を現代社会に移植したものだと言えます。ブラック・スワンとは次の三要素をもつ出来事であると彼は述べます。

  1. 極端な影響をもつ出来事
  2. 予測不可能(モデル外)
  3. 事後に“もっともらしく説明されてしまう”

特に重要なのは次の主張です。

「未知の世界からやってくる激震を、既存のモデルでは予見できない」

つまり、

  • 統計モデルは過去のデータから作られる
  • 過去に起きていない大事件は当然モデルに含まれない
  • モデルは「白い白鳥」しか知らない
  • しかし世界には「黒い白鳥」が実在する
  • だからモデルは必ず誤る

という、人間の認識の限界に挑戦する思想がその中心にあります。

2. 「ドラゴンキング」——“規模も成因も異質な王様級の怪物”

ソネットの問題意識:「極端現象はすべてブラック・スワンではない」

 タレブが「極端現象は予測不能である」と主張するのに対し、ソネットはまったく異なる立場を取ります。

「極端現象のなかには、事前に兆候が現れる“特別な”ものがある」

ソネットはこの種の現象を “ドラゴンキング(Dragon-King)” と呼びました。

■「キング=王様」という比喩の由来:分布の外に飛び出した支配的個体

 ソネットはもともと、べき乗分布の研究から「キング(王)」という概念を導入しました。
 都市の人口、企業の収益、個人資産などのデータでは、上位の一部が「桁違い」に大きくなることがよくあります。本来であればべき乗分布に従うはずのデータが、上位層だけ 常識的な説明を超えるほど飛び出す のです。
 このような外れ値を、ソネット“King” と呼びました。

■ では、なぜ“Dragon”がつくのか?

 ここに、文化的・宗教的背景が深く関わってきます。
 西洋におけるドラゴンは、日本や中国の龍とはまったく異なる存在として描かれます。

  • 旧約聖書では、ドラゴンはサタンや混沌の象徴
  • 中世の物語では、村を焼き、財宝を抱え込み、人々を脅かす怪物
  • 多くの場合、“討伐されるべき悪”として英雄の敵役となる

ここには、キリスト教文化の“善悪二元論が色濃く反映されています。
 ドラゴンは単なる巨大生物ではなく、巨大・異質・破壊的・理解不能・畏怖の対象として象徴化されてきました。
 これに対し、中国や日本における龍は、

  • 水や雨を司る神(龍王
  • 天子や国家の象徴
  • 秩序と繁栄をもたらす守護的存在

として描かれます。
 つまり、西洋のドラゴンは“悪の怪物”、東洋の龍は“秩序の守護者”という、ほぼ正反対の位置づけが存在するのです。
 ソネットは「キング(王様級に突出した外れ値)」という考え方に、“異様な巨大さ・怪物性・破壊性”といった西洋的ドラゴンの象徴性を重ね合わせました。
 その結果、

「他の事象とは規模も成因もまったく異なる、巨大で特異な怪物イベント」

という、強いメタファーとしての“ドラゴンキング”が成立したのです。
 さらに付け加えるなら、ドラゴンという存在は物語の中で、その巨大さゆえに 近づいてくると周囲の環境がざわめき始める という特徴をもっています。足音による地響き、動物たちの異常な反応、空気の張りつめた変化—— そうした“前兆”が物語世界ではしばしば描かれます。
 この象徴性を考えると、ソネットが“ドラゴンキング”という語を選んだのは、極端現象の中には、その巨大性ゆえに何らかの“予兆”が観測されうるという含意を暗に込めている可能性があります。
 つまりドラゴンキングとは、“ただ突然現れる怪物”ではなく、その接近を知らせる震えやざわめきを伴う、異質な巨大イベントというニュアンスまで含んだ比喩なのだと考えることもできるのです。

3. ブラック・スワン vs ドラゴンキング——両者の思想的背景のちがい

 ここであらためて、タレブとソネットが極端現象をどのように捉えているのか、その思想的背景の違いを整理しておきたいと思います。
 まず、タレブの立場は明確に 認識論(epistemology) に根ざしています。彼は「人間の知識には深い限界がある」という前提から出発し、予測不可能な出来事は必ず発生するのだから、それをモデル化しようとする態度こそが傲慢であると厳しく批判します。タレブにとって世界は、本質的に予測不可能なブラック・スワンに満ちており、人間ができるのは、それらが起きても壊れない“アンチフラジャイル (Antifragile)”なシステムをつくることだけです。したがって、彼のブラック・スワンという概念は、人間の知の限界を鋭く突くメタファーとして機能しています。
 これに対して、ソネットの立場はタレブとは大きく異なり、複雑系ダイナミクスに強く根ざしています。ソネットは、世界を構成する複雑なシステムには、相転移や臨界現象のような特異点が存在すると考えます。そのため、極端現象の中には、偶然のばらつきではなく、特定の力学的メカニズムから生まれる“別種の外れ値”が含まれていると捉えます。こうした特異なイベントは、システムが臨界に近づくときに前兆的な振る舞いを示すことがあり、ソネットはそこに 兆候を捉える可能性 を見出しているのです。
 まとめると、タレブは「人間の限界」という認識論の立場から極端現象を理解しようとするのに対し、ソネットは「システムのダイナミクス」という自然科学的視点から極端現象に特別な構造を見ようとする、と言えます。同じ“極端現象”というテーマを扱いながらも、その背景にある哲学は対照的なのです。

4. まとめ

 以上のように、ブラック・スワンとドラゴンキングは、同じ「極端現象」を扱いながらも、未知からの激震としてのブラック・スワンと、異質な力学が生む王者の怪物としてのドラゴンキングという、まったく異なる象徴性をもっています。この比喩の背景を理解することは、複雑系の極端現象をどう捉えるかという思想そのものの違いを知る手がかりにもなります。
 興味深いのは、この“比喩を使った語り方”そのものが、日本と西洋の研究文化の違いを反映している点です。日本の研究者は、対象となる現象を細部まで精密に観察し、誤解の余地がないように慎重に記述しようとします。一方、西洋の研究者は、科学史の転換点や世界観の変革といった“思想としてのインパクト”を強く打ち出す傾向があります。その結果、日本の研究成果は内容が優れていても、表現が控えめであるがゆえに、国際的には“主張が弱い=研究力が弱い”と見なされてしまうことがあります。
 ソネットが“ドラゴンキング”という劇的な比喩を用いるのは、単に分布の外れ値を説明するためではなく、科学的洞察の本質を力強く象徴する言葉として提示するという、西洋科学文化の語り方に即しています。こうした文化的背景を理解することで、ソネットの議論が意図するところや、比喩によって示される思想のスケール感をより深く読み取ることができるでしょう。
 ついでに、私の20年前の古い研究成果の紹介をしておきます(若いころの私には、ドラゴンキング理論のような力強い主張をする能力も知識もありませんでした)。興味があれば以下のリングにある記事"Physicists Predict Stock Market Crashes"を読んでみて下さい。

Physicists Predict Stock Market Crashes

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