ケィオスの時系列解析メモランダム

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【科学の言葉を知る3】システム(system)の魔法としての「創発」

「システム(system)」という語は、現代の科学・技術・社会のあらゆる場所に登場します。

  • コンピュータシステム
  • 生態系(ecosystem)
  • 神経システム(nervous system)
  • 制御システム(control system)
  • 経済システム
  • 心血管システム
  • 線形システム(linear system)

 しかし、よく見ると、ここで使われている「システム」は、まったく同じものを指しているわけではありません。 物理や工学で扱う system は、多くの場合、理想化された世界 (想定した物理的対象のみ存在)を意味します。たとえば、力学の教科書に登場する「ばね–質点系(バネと質点のみからなる単純化モデル)」は、フックの法則と運動方程式によって完全に記述できる理想化されたシステムです。熱力学でいえば、カルノーサイクルが典型例です。実在気体の複雑な振る舞いをすべて捨象し、等温変化と断熱変化のみからなる “理想的な熱機関の循環” としてモデル化することで、温度・仕事・熱量を数式で厳密に扱えるようにしたシステムです。このように物理や工学では、対象を適切に抽象化し、解析可能な形に研ぎ澄ませた “理想モデルとしての世界” を system と呼んでいます。
 一方、生物・生態・社会で語られる system は、多様な要素が相互作用し、予測不能なふるまいを生み出す “複雑系(complex system)” です。ここで、複雑系について少し補足しておきます。生物・生態・社会で扱われる complex system は、単に要素が多くて込み入っただけの complicated な系とは異なります。complicated は「部品が多くて扱いにくい機械」のように、因果関係が明確で、原理的には細部まで分解・予測が可能です。一方の complex は「多数の要素が相互に影響し合い、その結果として部分には存在しない新しい性質(創発)が生まれる系」を指し、全体のふるまいは部分の総和では記述できません。免疫系・神経系・生態系・市場などが complex system と呼ばれるのは、まさにこの相互作用によって全体が絶えず変化し、未来のふるまいが原理的に予測しきれない性質をもつためです。
 どちらも system と呼ばれるのはなぜなのか。そしてその共通点と違いはどこにあるのか。今回は、「システム」を題材として、言葉自体への理解を深めたいと思います。
 私はシステム科学科の教員として、この語の背景にある考え方を理解していますが、受験生や保護者の方にとっては、「システム科学科って何を学ぶ学科なの?」という疑問が自然に湧くでしょう。「システム科学」をまるっと言ってしまえば、
 異なる対象に共通するシステムとしての構造を理解する学問
です。今回は、システム科学科に興味をもってもらうためにも、system という言葉の意味と広がりを説明していきます。

神経細胞からなるシステムとしての脳は、構成要素の神経細胞にはない高度な機能をもつ

1. 語源をたどる:systema は「組み立てられた全体」

 英語の system は、古代ギリシャsýstēma(σύστημα) に由来し、もともとは

複数の要素が互いに結びついて、まとまった一つの全体をつくっているもの

を意味していました。
 語源的に system の中心にある意味は三つです:

  1. 要素(parts)がある
  2. 関係(relations)がある
  3. 全体としてのふるまい(whole)が生まれる

これらの3つは、後に登場する「理想化されたシステム」でも、「複雑系のシステム」でも共通しています。

2. システムの二つの表情

■ 物理学・工学で扱う「理想化されたシステム」

 伝統的な物理学・工学で扱う system は、ほとんどの場合、「余計なものをそぎ落とした理想化された世界」です。物理の教科書や問題で「ばねと質点で構成されたシステム(系)を考えましょう」と書かれているとき、そこには明示されたもの以外は何も存在しません。実世界とは異なり、風は吹かず、地震も起こらず、月の引力を受けることもありません。解析に不要な要素を意図的に取り除き、理解のためにできる限り単純化した世界を用意する——それが、理想化されたシステムの基本的な考え方です。

■ 生物・生態・社会の「複雑なシステム(complex system)」

 こちらの system は、多数の要素の集まりであるだけでなく、そのふるまいが予測困難で、単純な要素の総和では説明できない世界です。たとえば 脳 は、個々のニューロンが発火するだけでは単なる電気パルスの集合にすぎませんが、数百億のニューロンが相互に影響し合うことで、「知覚」「記憶」「判断」「意識」といった、単一のニューロンには存在しない高度な機能が生まれます。このように、要素レベルに還元しても見えてこない性質が全体として現れることを 創発(emergence) と呼びます。生態系での群れ行動、都市の交通パターン、社会ネットワークでの流行の広がりなども同様で、複雑系(complex system)では、相互作用が全体の構造やふるまいを新たに生み出すため、将来の状態を厳密に予測することが原理的に難しくなります。

3. 科学の発展にともなう「システム」概念の変遷

 system という言葉の理解を深めるには、科学の歴史の中でこの語がどのように拡張されてきたかを振り返ることも役に立つと思います。
 近代科学はまず、世界を理想化されたシステムとして記述するところから出発しました。ニュートン力学が示した「力と運動の法則で世界は完全に説明できる」という視点や、カルノーサイクルが提示した理想的な熱機関という枠組みは、複雑な現象から余計な要素をそぎ落とし、数式で振る舞いを見通せるシステムとして世界を把握しようとするものでした。
 しかし、生物や社会の現象を前にすると、この「理想化したシステム」では十分ではないことが明らかになります。細胞や臓器の協調、個体の適応、社会の相互作用といった現象は、部分を足し合わせても理解できません。こうした背景のもと、20世紀半ばにはベルタランフィンの一般システム論が生まれ、生物・社会・工学に共通する全体性の原理を探る思想的な枠組みが登場します。ただし、一般システム論は、思想としては重要な視点を示した一方、数理的には単純な解析の範疇にとどまっていた、というのが私の評価です。
 同時期に登場したサイバネティクスは、より数理的で実証的な試みでした。ノーバート・ウィーナーが示した「フィードバック」「制御」「情報処理」という概念は、生物と機械を共通の数学で扱えることを示し、神経系や制御工学を統一的に理解する新たなシステム観を生み出しました。情報理論の成立も相まって、システムを「情報の流れと調整」を軸に捉える視点が広がっていきます。
 1970〜80年代には、非線形科学が台頭し、自然界そのものが予測不能で、相互作用によって秩序やゆらぎが生まれる「複雑なシステム」であることが示されます。プリゴジン散逸構造非線形力学系決定論的カオスなどの研究は、パーツに分解した理解 (還元論)、予測可能性を根拠にした理解が限界を迎えていることを明確にしました。ここで物理学は、生物学や社会科学の「複雑なシステム」と同じ問題に向き合い始めます。
 そして1980年後半から、サンタフェ研究所を中心に 複雑系科学 が誕生し、生態系、都市、経済、脳、インターネットといった多様な現象を「多数の要素が相互作用するシステム」として統一的に扱う学際的な枠組みが形づくられました。ここでは創発、ネットワーク構造、適応、自己組織化といった概念が中心となり、従来の物理モデルでは扱えなかった生命・社会の複雑さを、数理的に理解しようとする試みが進められました。
 特に「創発(emergence)」は複雑系を特徴づけるもっとも重要な概念です。創発とは、単なる構成要素の足し合わせでは説明できない性質が、相互作用の結果として全体に現れる現象のことです。脳における「意識」や「知覚」、市場の急激な変動、生態系での群れのパターンなどは、どれも個々の要素だけを見ても理解できず、全体の相互作用から初めて立ち上がるふるまいです。複雑系科学は、こうした創発現象を数学やシミュレーションで捉えようとする挑戦でもあり、そこに現代の「システム」理解の大きな進化があります。  このように system という言葉は、
理想化された閉じた世界(物理) から、
開放的で相互作用する世界(生物・社会) へと射程を広げ、
現在では「要素 × 相互作用 × 全体性」で世界を読み解くための、
現代科学の共通言語へと発展してきました。
 システム科学とは、こうした歴史の延長線上に生まれた、世界の複雑さを理解するための学問なのです。

4. まとめ:システム科学的理解の重要性

 いま起きているAI革命は、人間をしばしば上回るほどの創発を人工的なシステムが示した点で、従来の技術革新とは質的に異なります。大量のパラメータが相互作用しながら学習する深層モデルは、言語理解や推論といった、人間自身が仕組みを説明できない能力を発揮し、まさに“複雑系としての知性”を体現しています。
 けれども、その驚異的な性能とは裏腹に、私たちの理解は大きく遅れています。AIがどのように意味を獲得し、どのように創発を生み出すのか——その核心はいまだブラックボックスのままです。だからこそ、相互作用から全体のふるまいを読み解こうとするシステム科学の視点が、これまでになく重要になりつつあります。
 脳でもAIでも、私たちは「理解する」という挑戦において、まだ道半ばです。システム科学には、システムが生み出す“便利な魔法”を、科学の言葉でもう一度組み立て直すという使命があるのです。

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