以前の記事で、ボックスカウンティング次元を紹介しました。
ボックスカウンティング次元では、グラフや図形を、一辺の長さが の箱(区間・正方形・立方体・あるいは高次元の超立方体)で覆うことを考えます。他の人の説明では、格子状に箱を並べるように書いてあるものもありますが、一般には箱同士は重なっても構いません。
まず、ボックスカウンティング次元の定義を再度確認しておきます。
一辺の長さ の
次元立方体を自由に配置し、
集合
を覆うために必要な最小個数を
とします。このとき、ボックスカウンティング次元は
で与えられます。数学的には極限が存在する場合を考えますが、現実世界の解析(海岸線、雲、時系列のフラクタル次元)では、有限区間でのべき指数を推定します。
ボックスカウンティング次元を とすれば、
ですので、この定義は、
の関係が成り立つことを意味します。この式において、「」は「比例する」という意味です。

を一般化し、
としたもの。
1. 非整数ブラウン運動のハースト指数
の意味
ハースト (Hurst) 指数 をもつ 非整数ブラウン運動 (fractional Brownian motion: fBm)
は、次の性質をもつガウス過程です。
- 統計的自己相似性:
は、分布が等しいという意味です。これは、時間軸を
倍に拡大すると、振幅が
倍になることを意味します。

倍し、縦幅を
倍すると、統計的性質が一致する。
- 共分散:
共分散が を含むため、ハースト指数
が2点間の依存性に影響を与えることがわかります。
- 差分(増分)定常:
は定常過程で、非整数ガウスノイズに対応します。
- 差分(増分)の自己相関:
差分(増分)が長時間相関特性を示します。
■ 軌道の拡散とスケーリング則
非整数ブラウン運動(fractional Brownian motion: fBm)のフラクタル次元を見積もる際に、本質となるのが次のスケーリング則です。
2 点 と
のあいだの時間差
に対して平均二乗変位は
となります。よって典型的な変動幅(平均二乗変位の平方根)は、ルートをとって、
程度になります。つまり、横に 進めば、縦方向には、標準偏差が
の正規分布に従う変化が生じるということです (イメージしにくければ、
くらい上下に動くと思ってください)。

における最大値 sup と最小値 inf の差
の定義。非整数ブラウン運動では、
の期待値が、
に比例する。
さらに、区間 内での最大値と最小値の差についても、同じスケーリング指数
が現れることが知られています。非整数ブラウン運動は「自己相似性」
を満たすため、任意の区間 の最大値 (supremum)と最小値 (infimum)の差
は、分布として
となります。ここで は単位区間の最大値と最小値の差で、その期待値は有限であり、
と書けます。よって、 最大値と最小値の差の期待値については
が厳密に成り立ちます。この は一般には解析的な閉じた形で求まっていませんが、最大値と最小値の差もまた
乗のスケーリングに従うという性質は数学的に確立された事実です。すなわち、平均二乗変位による「典型的な変動幅」と同様に、区間の最大値と最小値の幅も、基本的には
の倍率で拡大・縮小するということがわかっています (以下のYoutube動画も見てみてください)。

2. 非整数ブラウン運動のグラフのボックスカウンティング次元
非整数ブラウン運動のボックスカウンティング次元を見積ってみましょう。
考える対象は区間 上のグラフ
です。
このグラフを覆う箱は、「一辺が の正方形」です。
まずは、時間軸方向(横軸方向)のみを考えます。グラフが存在する区間 を長さ
の部分区間に分割すると、部分区間の数は
です。
次に、縦軸方向を考えます。非整数ブラウン運動の典型的な振れ幅は、平均二乗変位の平方根を使って見積った、
です。つまり、長さ の時間区間の中で、縦方向にはおおよそ
に比例する幅のグラフが描かれています。より正しく考えるには、その区間の最大値と最小値の幅を求める必要がありますが、その幅も、
に比例します。
グラフを覆うための箱の縦方向サイズも ですので、横幅
の一つの区間で、縦方向に必要な箱の数は、縦方向の変動幅の目安 [tex:\displaystyle{\varepsilonH}] を箱のサイズ
で割って、
となります (実際の数は、この何倍か、何十倍か分かりませんが、この値に比例するはずです)。ここで、 なので、この値は、
では発散します (箱の数が無限に必要になります)。これは「細かく見るほど、新しい細かいギザギザが見える」ことを意味しています。

以上の結果から、グラフ全体を覆うために、必要な箱の数(実際はオーダー、つまり、どの程度の値に比例するか)を見積ってみます。横方向の部分区間の数は なので、全体で必要な箱の数の見積りは、
となります。つまり、おおよその見積りですが、
となりそうです。
最初に説明したように、ボックスカウンティング次元 は、
の関係から決めることができます。したがって、
となりますので、
が成り立つことがわかります。これが、非整数ブラウン運動のグラフのフラクタル次元として知られる結果です。
今回は、直感的なスケーリングの議論から
という関係式を導きましたが、この式は厳密な数学的証明によっても正しいことが知られています。
この式の意味について少し考察してみます。
まず、ハースト指数 が 1 に近い場合、
グラフの次元は
となり、グラフは「ほぼ滑らかな曲線」に近い構造をもつことを示しています。

一方で、 が 0 に近い場合には、
となり、グラフは平面に近い構造をもつことを表しています。

3. おわりに
近年、「フラクタル」「長時間相関」「1/f ゆらぎ」といった言葉が、論文の中で雰囲気やイメージだけで使われている場面を多く見かけます。私は、そうした状況に少し危うさを感じています。とくに、誤解を含んだポエムのような説明が論文に書かれ、それを読んだ次の著者が引用し、さらに別の誰かがそれを信じてしまう——その連鎖によって、最初は曖昧だった表現がいつのまにか権威をまとい、独り歩きしてしまうことがあります。こうなると、いったい何を信じてよいのか分からなくなってしまいます。
もちろん、私自身もすべてを完全に理解できているわけではありません。それでも、常にできる限り正しい理解に近づこうとする姿勢だけは失わずにいたい、そう思います。
※ もし記事の中で「ここ違うよ」という点や気になるところがあれば、気軽に指摘していただけると助かります。質問や「このテーマも取り上げてほしい」といったリクエストも大歓迎です。必ず対応するとは約束できませんが、できるだけ今後の記事で扱いたいと思います。それと、下のはてなブログランキングはあまり信用できる指標ではなさそうですが (私のブログを読んでいる人は、実際とても少ないです)、押してもらえるとシンプルに励みになります。気が向いたときにポチッとしていただけたら嬉しいです。