ケィオスの時系列解析メモランダム

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【私のチの冒険】体格指標BMIの成功と挫折、そして再生(5):200年間気づかれなかった子どもの成長法則

 19世紀の統計学者アドルフ・ケトレーは、「体重は身長の二乗に比例する」という法則を見いだしました。この考え方は、その後、今日まで続く

BMI = 体重÷身長²

の根拠として広く信じられてきました。 しかし、以前の記事でも指摘したように、これは必要な条件ではあっても、BMIが本当に客観的な体格指標であることを保証する根拠ではありません。

 下のイラストで示したように、「典型的な体格」とは、同じ身長グループにおける体重の中央値(あるいは平均値)に相当します。BMIはこの典型的な体格をうまく表すように設計されていますが、それだけでは痩せや肥満といった典型から外れた体格を正しく比較できるとは限らないのです。

BMI型指標(体重を身長の何乗かで割る指標)が正しい場合(左)と間違っている場合(右)

 身長と体重による体格評価は、身長を一定にした条件で「あなたの体重がどの程度珍しいか(どれほど出現確率が低いか)」を判断するものにすぎません。もし、あなたの体重が同じくらいの身長の人々の中で1%以下(100人に1人)の頻度しか見られないとしたら、何らかの異常があるのではないかと不安になるでしょう。それが必ずしも病気や異常を意味するわけではありませんが、「念のため詳しい検査を受けてみましょう」という注意喚起、すなわちスクリーニングを実現するのが、身長と体重を用いた体格評価の役割なのです。

身長・体重関係の多重スケーリングの発見

 これまで研究者は,典型的な体形の法則さえわかれば,大人でも子どもでも誰の体形でも、簡単に理解できると信じてきました。ところが,身長が伸び続ける成長期の子どもについては,話はそう単純ではありません。ここで、ケトレー以来、200年間誰も気づかなかった「身長・体重分布の多重スケーリング性」の登場です。

 「多重スケーリング性」を説明する前に、まず「スケーリング」とは何かを簡単におさえておきましょう。スケーリングとは、変数どうしがべき乗法則の関係にあることを指します。たとえば、ケトレーが発見した成人の法則は、 「体重が身長の2乗に比例する(\displaystyle{
w \propto h^ {2}
})」というのがスケーリングになっています(\displaystyle{
h
} が身長、\displaystyle{
w
} が体重を表す)。ここで、べき指数2は、スケーリング指数と呼ばれます。対数を既に学んだみなさんであれば、理解できると思いますが、スケーリング(べき乗則)が成り立つ2つの変数を両対数プロットすれば、傾きがスケーリング指数の直線になります。

 ここからは少しややこしい話に感じるかもしれませんが、これまでは、身長に対する体重分布に引いた体重パーセンタイル曲線は,両対数グラフ(\displaystyle{
\log w–\log h
})上で平行な直線になる(スケーリング指数が体重パーセンタイルに依存しない)と暗に仮定されてきました(みんな、そうなると思いこんできました)。これを描いたものが下の図の左側です。

 

身長・体重関係の単一スケーリング(左)と多重スケーリング(右)。\displaystyle{
h
} が身長、\displaystyle{
w
} が体重を表す。

 ところが実際には、成長期の子どもではその“平行”仮説が崩れ、上の図の右側のような構造になります。私は、図の左側に示した「どのパーセンタイル曲線も平行である構造」を単一スケーリング、右側に示した「パーセンタイル曲線ごとに傾きが異なる構造」を多重スケーリングと呼ぶことにしました。

 数学的に表現すると、BMIのように「体重を身長の何乗かで割る」ただ一つの体格指標で痩せや肥満を判定できるのは、単一スケーリングが成り立っている場合に限られます。多重スケーリングの場合には、そもそも一つのBMI型指標を定義したところで、痩せや肥満を正しく判定することはできないのです。

子どもの多重スケーリング性の深淵

 下の図は、年齢ごとに体重パーセンタイルのスケーリング指数がどのように変化するかを示したものです。私がこの結果を得たとき、この図が語りかけてくる「生命のデザイン」に込められたメッセージに、思わず震えるほどの驚きを覚えました。

体重パーセンタイル曲線のスケーリング指数の年齢依存性。(左)男性。(右)女性。

 上の図は、子どもの成長期における体重と身長のスケーリング指数が、年齢とともに、そして体重パーセンタイルごとにどのように変化するかを示しています。描かれた五本の線は、体重のパーセンタイル(2%点、10%点、50%点、90%点、98%点)ごとに推定されたスケーリング指数の値を表しています。もしこれらの線がすべて重なっていれば「単一スケーリング」を意味し、BMIのような単一の指標で痩せや肥満を判断できます。逆に、線が大きく上下に広がっていれば「多重スケーリング」であり、この場合はやせ型と肥満型で体重と身長の関係そのものが異なるため、単一の指標では体格を正しく評価できません。

 興味深いのは、このスケーリング構造の変化が成長の節目と見事に呼応していることです。男子では、身長が急激に伸びる成長スパートの後、骨の成熟に伴って多重スケーリングが徐々に収束し、最終的にBMI型の単一スケーリングに近づいていきます。女子の場合も、初経発来を境にスケーリングの広がりが縮まり始め、同じように単一スケーリングへと移行していきます。

 この図を眺めていると、成長期の体格は決して単純な法則では説明できないこと、そしてその複雑な多重スケーリングの構造が、成長スパートや骨の成熟、初経発来といった生命の節目と見事に呼応していることが浮かび上がってきます。私には、この結果がまるで「生命のデザインには深い秩序がある」と語りかけているように思われました。そして同時に、科学には人生をかけるに値するほどの感動が潜んでいるのだということを、改めて教えてくれたのです。

おわりに

 今回のお話は、私自身の「知の冒険」についてでした。私は地動説のような大発見を成し遂げたわけではありません。しかし、身長と体重の単純な統計解析が、こんなにも奥深く、そして面白いものだと気づけたことこそが、私にとって最大の喜びでした。

 同時に、科学の冒険にはもう一つの側面があります。それは、発見の感動を他の人と分かち合うことの難しさです。私の経験では、この成果の本当の重要性を理解してくれた共同研究者はほとんどおらず、少し寂しい気持ちになることもありました。けれども、共感を求めるのは贅沢な悩みなのかもしれません。むしろ、誰に理解されなくても、孤独の中にこそ喜びや感動を見いだせることを、科学そのものが私に教えてくれているのだと思います。これは、最近見たアニメ「フェルマーの料理」を見てそうなのかなと感じたことです。その作品の中で描かれる「理解されない孤独」と「それでも探求を続ける喜び」は、まさに科学の営みに重なり合うものだと感じました。