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【私のチの冒険】体格指標BMIの成功と挫折、そして再生(3):子どもの体格指標のパラドクス

 成長期の子どもの肥満や痩せの程度を「身長と体重」だけで正しく評価できるのだろうか? 子どもの肥満や痩せの判定は、健康管理においてきわめて重要であり、これまでも当然のように行われてきました。そのため、「そんなのはもう答えの出ている話だろう」と思うかもしれません。ところが実際には、それはいまだに解決されていない問題なのです。世界保健機関World Health Organization: WHO)やアメリ疾病対策センター(Centers for Disease Control and Prevention: CDC)も、子どもの体格評価にBMIを用いた基準を提示しています。しかし、その妥当性の根拠はきわめて曖昧です。たとえば、「なぜBMIが子どもに適しているのか」を理論的に説明する試みは乏しく、身長と体重の成長過程が複雑に絡むなかで、年齢差や発育段階をどの程度まで考慮できるのかについても、明確な答えは示されていません。

 そのような状況で、私の狙いは、BMIの弱点を列挙して、その意義を否定することではありません。むしろ、成人の BMI が何を表し、そして子どもの場合には何を表していないのかを明確にし、そのうえで子どもの体格を評価するための原則を示すことにあります。この試みによって世界の常識を覆すためには、専門家だけでなく非専門家を含む多くの人々に「理解の体験」を共有してもらうことが不可欠です。その積み重ねがあってこそ、長らく信じられてきた常識の巨大な虚像に亀裂が入り、やがて「気づいてみれば、それはごく当然のことだった」と受け止められる新しい視点が定着していくのです。しかし現状では、根拠の乏しい常識にあまりにも縛られすぎて、思考が停止し、疑うことさえしなくなっているように見えます。その「思考停止」の状態こそが、誰の目にも明らかなはずの単純な事実を覆い隠しているのです。

成人のBMIは一定の成功を収めた

 成人における BMI の「成功体験」は、子どもの体格評価に挑む私たちに、重要な示唆と可能性を与えてくれます。そして、たとえ失敗に終わるとしても、試みる価値があることを教えてくれます。

 身長と体重は、誰もが子どものころから何度も繰り返し測ってきた、単純でわかりやすい二つの数字です。それらのデータを分析すると聞けば、統計学の初歩練習で扱う題材のように感じられるかもしれません。ところが、成人の BMI 研究の歴史は、この「単純さ」の中にこそ、科学の核心(謎解きの面白さと感動)が潜んでいることを教えてくれます。

 第一に、この二つの数値の背後には、骨格の成長や筋肉と脂肪のバランス、代謝や生活習慣にまでつながる構造が隠されています。まるで簡単な算数の答えの裏に、思いもよらない真理が隠れているかのようです。それを読み解くことは、科学的にも臨床的にも大きな意味があります。

 第二に、身長と体重は誰にでも簡単に計測できるからこそ、世界中で膨大なデータが集められます。これにより、ばらつきや偶然の影響を超えて、客観的で再現性のある「普遍的な知見」を築くことができます。つまり、身近な数値が集まることで、人類全体に通じる健康や体格の法則が見えてくるのです。

 第三に、こうして得られた知識は完全ではありませんが、それでも体脂肪率生活習慣病のリスク、さらには健康状態と確かな関連を示してきました。だからこそ、医学や公衆衛生、スポーツ科学など多くの領域で応用され、実際に社会に役立ってきたのです。

 一見、単純で幼稚に思えるデータの中に、奥深い科学の謎が隠されている。身長と体重の分析が私たちに教えてくれるのは、まさにそのことなのです。

   BMI が構築されてきた歴史を振り返ると、身長の違いを適切に補正した体格評価指標(身長調整済み指標)をいかに構築すべきか、その指針が浮かび上がってきます。すなわち、第一の「金言」として示されてきたのは「身長と相関しない指標を探せ」という考え方でした (前回の記事で私は否定しましたが)。

子どもの体格指標構築の挫折

   ところが、この金言に従っても、子どもの場合には肥満ややせの評価が必ずしも的確にならないことが報告されてきました。実際、子どもの集団では、たとえ \displaystyle{
\mathrm{weight}/\mathrm{height}^p
} 型の指数を用い、相関を打ち消すように指数 \displaystyle{
p
} を推定したとしても、評価精度が改善するとは限りませんでした。Tim Coleは、体重を身長のべき乗で表す \displaystyle{
p
} 型の指数に着目し、大規模データを用いて「相関を最小化する指数 \displaystyle{
p
}」を年齢ごとに推定しました。その結果、下の図のように、5歳頃までは \displaystyle{
p
} は 2 に近く、学童期から思春期の前半にかけては 3 程度まで上昇し、その後は再び低下して成人期には 2 に戻る、という体系的な年齢依存性が確認されています。つまり、成長の段階ごとに「体重と身長のスケーリング関係」が変化するのです。

指数pの年齢と性別の依存性 (これは過去の知見をもとに作成した模式図です)

 しかし、この \displaystyle{
p
} を年齢ごとに修正して体格評価指標を構築しても、肥満や痩せの評価精度が大きく向上するわけではありませんでした。その結果、「理由は明確ではないが、大人と同じ式でも差し支えないのではないか」という、経験的・便宜的な判断のもとで(私の推測ですが)、子どもに対しても \displaystyle{
p=2
} とする、すなわち BMI と同じ式が広く使われ続けているのです。Tim Coleも、\displaystyle{
p=2
} で良いんじゃないの、と述べています。

 しかし、私たちの日本人の大規模データ(約800万人)の分析結果では、 \displaystyle{
p=2
} と固定したBMIを基準とすると、子どもの体格評価には明確な身長依存性のバイアスが生じることが確認されました。この結果の例が下の図です。たとえば、IOTF(International Obesity Task Force:国際肥満タスクフォース)が定める過体重・肥満・やせの基準を適用すると、男子11〜13歳および女子10〜11歳では、背の低い四分位群(下位25%)の子どもが「やせ」と判定される割合は、背の高い群(上位25%)の5倍程度にも達します。逆に、男子8〜11歳および女子7〜10歳では、背の高い群(上位25%)の子どもが「肥満」と判定される頻度が、背の低い群(下位25%)の4〜5倍にも上るのです。身長に依存して、太っている子どもが多いとか、痩せている子どもが多いとか、そんな判定結果は、明らかにおかしいです。

BMIを用いた肥満・低体重判定結果の年齢と身長依存性

 なぜなら、上の図を見ると、男性では17歳以降、女性では14歳以降では、身長への依存性はほとんど認められません。つまり、全体の結果としても、背の低い四分位群(下位25%)と背の高い群(上位25%)の値はほぼ一致しています。それより若い年齢において、身長によって「太りやすい」「痩せやすい」といった傾向の差が生じるというのは、生物学的に考えて不自然です。そもそも、大人における BMI を用いた肥満や痩せの判定基準は、同じ身長の集団内での出現確率に基づいており、その確率は身長に依存せず一定でした。その概念を延長すれば、子どもの肥満や痩せも、身長に依存せずに同程度の割合が判定されるべきだと考えられます。

 この結果は、BMIすなわち \displaystyle{
p=2
} の指標を子どもに適用すると、身長に依存した系統的な判定バイアスが避けられないことを明確に示しています。そして今年(2025年)に入り、子どもの体格評価にBMIを用いることの問題点を指摘する論文や報告書が相次いで発表され、ようやくこの問題の深刻さが国際的にも認識され始めたように思われます。

 では、成人の体格評価指標を構築する際の原則であった「身長と相関しない指標こそが最善」という考え方が、そのまま子どもに当てはめられない理由について、私たちは正面から向き合い、その原因を理解しなくてもよいのでしょうか。